If I Had My Life Over
 
2020年の初夏、
世界がコロナ一色に染まり、暗く意気消沈して
いる事に、必死に抗うように外食を続けていた
最中の、ある日のランチ会でのこと。
 
「今年はコロナのせいで花火大会もフェスも
全部中止で、つまらないし寂しいですね」と
社員から、ぼやくように同意を求められた時、
 
その言葉を受け入れることイコール、
当時の社会状況を唯々諾々と受け入れることと
同義だと思ってしまった僕は反射的に、
 
「俺、多分できるぜ?」
 
とだけ強がって、
幾つかのメッセージをグループ各所とチームに
送り、その日のランチ会を終えました。
 
結果として、その日のこの行動は、
その後のグループの夏の過ごし方を少しだけ
変えるきっかけになったのでした。
 
なぜならそこから僅か3週間後、
 
その時の強がりである、
「俺、多分できるぜ?」を
実現に持っていってくれたチームがあって、
第1回目の「INSTYLE GROUP SUMMER
MEETING」が開催できたからです。
 
 
そんな社員の何気ない一言から生まれた、
このイベントも今年で4回目、
 
気がつけば随所から一番「僕らしい」と
言われるイベントが出来上がるのですから、
人生何がどう転ぶかわからないものです。
 
Connecting the dots、
人間万事塞翁が馬ではないですが、
その渦中にいる時にはわからなかったものが、
後々に全く予期しない良い形で意味を持って
現れるとき、インクルージョンの鍵と醍醐味は
こういうところにあるな、と深く思います。
 
何がどう役に立つかや、
何がどう幸・不幸を運んでくるかなんて、
神ならぬ我々にはどうせ先んじては
わからないのだから、日々誠実に、
未来を信じて今を積む事しか出来ません。
 
だからこそ日々を積み重ねながら、
色々な考えや視点やきっかけを、仲間の数だけ
増やしながら、今積み重ねている労苦は将来
何らかの幸に結実すると信じて、糾える縄の
如く訪れる禍福を、仲間の笑顔と共に過ごして
いくしかないのだと思っています。
 
そしてその接点、価値観の多さからくる
可能性、それこそが、インクルージョンや
ダイバーシティの本来意味するところで
あると信じ、そうしたことを強みとした企業で
いたいと思っています。
 
イベントの成り立ちだけでなく、花火を
上げること自体もまた、当たり前ですが、
多くの関係各所 (航空事務所、公安委員会、
警察署、海上保安庁、港湾事務所、ホテルや
球場等をはじめとする近隣施設、近隣住民の
方々などなど)との信頼関係の上での調整が
あって出来ることなので、例えばそれは、
幕張でAIR RACEをやっていなかったら、
 
つまりは、
「俺、多分できるぜ?」
を実現に持っていってくれたチーム
=AIR RACE・X GAMESチームが居なければ
出来なかった事だと思っているので、
これからも頼り頼られ、色々な仲間を増やして
インクルージョンやダイバーシティを促進して
いけたらいいなと思っているのです。
 
そんな頼り頼られの仲間であり、
親友である佐藤慶と虓チームが、
「私たちがカヌレを焼く理由はひとつ、
とても困難なものだからです。」
そう言いながら今年も
最高のカヌレを焼いてくれました。
ぜひお越しいただいた大切な皆様には、花火の
余韻と共にお楽しみいただけたら幸いです。
 
 
毎年、この「INSTYLE GROUP SUMMER
MEETING」は、社員一同に向けて、
「強制的に前を向け、上を向け、と言う」
のではなく、うつむきがちな世において、
「前を、上を、向きたくなる仕組み、
イベント」としても行ってきました。
 
だからこそ、基本的には僕が「ファミリー」と
呼ぶ(ええ、マフィアのようですね)、
社員と、僕の大切な親友たちと、
社員・友人のそれぞれの大切な方々に
お越しいただいています。
 
いわゆる「取引先」をお呼びする「接待」の
ようなことをするタイプではないので、
ごく稀に、いわゆる「取引先」の方に
いらしていただいたとしてもそれは、
「お金じゃ買えない、気持ちを込めた、
お支払いできたお金以上に、お仕事をして
もらってしまった取引先の方々」に
お声がけさせていただいた結果です。
どちらにせよ、大切な人しかいない会です。
お楽しみいただけていたら嬉しく思います。
 
 
そしてこれも毎年、申し上げている事ですが、
僕たちINSTYLE GROUPに、
「エッセンシャル」なものはありません。
 
コロナ禍において僕が「不要不急」という
言葉を受け入れられなかったのは、
弊社、弊グループの全てが「不要不急」で、
所詮は「不必要可欠」なもので
出来ているからです。
 
そんな事を言い出したら衣食住足りた
この国で、大抵の物は不必要可欠な、
「ノンエッセンシャル」なものだと思います。
 
ですが、
人はパンのみにて生きるにあらずで、
文化・文明・芸術といった、
人を動物ではなく、人たらしめているもの、
 
つまり、
人の本来の性質に関わる、本質的な様
という意味での「エッセンシャル」なもの、
「意味」は、僕たちINSTYLE GROUPに
溢れています。
 
たかだか数年前でも、
僕はこの「僕たちのやっていることには意味が
ある」という一言を言い切れませんでした。
「あったらいいなと思ってる」くらいを
言うのが関の山だったと思います。
 
ですが、今は自信を持って言い切れています。
 
ウチのグループには、
あの会社が有るから、あいつが居るから、
あの事業が在るから、と。
一人一人、一つ一つを思い浮かべながら、
自信を持って言い切れています。
 
チームの力です。
自慢のチームで、ファミリーです。
だから僕は本当は花火よりも、
このチームをみんなに
(お互いに、という意味も含めて)
見てもらいたいのかもしれません。
 
 
「何千もの蝋燭も
一本の蝋燭から 灯されうるが,
それでもその蝋燭の命が短くなることはない
幸せは分かち合われても決して減らない」
 
ブッダがかつて言ったとされる言葉です。
 
知恵や、蝋燭の灯り、夜空に上がる花火、
仲間との時間や喜び。
 
世界には沢山の、分かち合っても減らない
どころか、分かち合うことでその価値が
増すものが存在します。
 
これら無理なく分かち合えるものや幸せを、
これからも無理なく分かち合いながら、
世界を今日よりすこしでも明るくしていけたら
との思いを込めて、暗い夜空に、暗いからこそ
映える花を今年も打ち上げています。
このSTYLEがINSTYLE GROUPの
エッセンシャルで在れるよう、
明日以降もベストを尽くします。
 
本日はありがとうございました。
 
最後になりますが、
この手紙のタイトルは、アメリカでは
有名な詩で、ナディーン・ステアという
85歳の女性が書いたとされるものです。
様々な人に紹介され、時に手を加えられ、様々
な版がありますが、僕の好きな版を贈ります。
 
 
If I Had My Life Over
 
I’d dare to make more mistakes next time.
I’d relax, I would limber up.
I would be sillier than I have been this trip.
I would take fewer things seriously.
I would take more chances.
 
I would climb more mountains and swim more rivers.
I would eat more ice cream and less beans.
I would perhaps have more actual troubles,
but I’d have fewer imaginary ones.
 
You see, I’m one of those people who live
sensibly and sanely hour after hour,
day after day.
 
Oh, I’ve had my moments,
And if I had it to do over again,
I’d have more of them.
In fact, I’d try to have nothing else.
Just moments, one after another,
instead of living so many years ahead of each day.
 
I’ve been one of those people who never goes anywhere
without a thermometer, a hot water bottle, a raincoat
and a parachute.
If I had to do it again, I would travel lighter than I have.
 
If I had my life to live over,
I would start barefoot earlier in the spring
and stay that way later in the fall.
I would go to more dances.
I would ride more merry-go-rounds.
I would pick more flowers.
 
And… I would pick more flowers.
 
 
もしも人生をやり直せるなら
 
人生をもう一度やり直すとしたら、
今度はもっとたくさん失敗したい。
もっと肩の力を抜いて、
やわらかく柔軟に生きる。
今世よりも、もっと馬鹿でいる。
あまり深刻にならない。もっと挑戦する。
 
もっと山に登って、もっと川で泳ぐ。
アイスクリームをもっと食べて、豆は減らす。
問題は増えるかもしれないが、
想像上の問題は減るはずだ。
 
というのも、私は
良識ある人生を、
まともに生きてきた人間だからだ。
 
もちろん、馬鹿げたことも少しはやった。
もし生まれ変わることがあったら、
馬鹿げたことをもっとたくさんやりたい。
何年も先のことを考えて生きる代わりに、
その瞬間を生きたい。
 
私はどこに行くにもいつも万全の準備を
整えて出かけるような人間だった。
体温計や湯たんぽ、
レインコートやパラシュートなしには
どこにも行かないような人間だった。
人生をやり直すとしたら、
もっと身軽な旅をしたい。
 
もう一度生き直すとしたら、
春はもっと早くから裸足で歩き出し、
秋はもっと遅くまで裸足でいる。
もっとたくさんダンスに出かける。
もっとたくさんメリーゴーラウンドに乗る。
もっとたくさんの花を摘む。
 
そして、、、もっとたくさんの花を摘む。
 
 
来年も貴方とこの場所で、
この花を摘めますように。
ご来場と、日々の感謝を込めて。
 
INSTYLE GROUP
西村豪庸